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H-image村に徳2016年10月09日

徳、という言葉。

  宗教で使う言葉ではなくしたい。  哲学で使う言葉ではなくしたい。
  高徳という比喩、差を表したくない。 中庸でもなく「心の進化」としたい。
  だから品性、賢さ、思慮深さとは無関係。 富、財産、能力・性質も無関係。
  そもそも人が未だに持ちえていない、得られていない何か。

  心理的な「善に対する心の志向性」、心理的な「悪に対する心の志向性」
  それが、「ある人たち」の種としての根底に「変態」もしくは「進化」の命題が存在し、
  時の流れに沿って試行を繰り返している。

気付き、意識し始めた人。彼らは「ある人たち」が少数なのか、多数なのかは、わからん。
ただ、
 歴史的な経験の中でいまも育まれている「種」。
 地球環境の変化の中で、生まれ来る新しい生命と生死の試行の繰り返しの「目的」。
 宇宙と地球、それにかかわる生命に宿る「心の実在」。
これらを考えてみた時…
「心の進化の可能性」には、疑いの余地はなかった。

心の進化の先に、どんなイメージを描くか、湧いてくるか。
徳、という言葉 が浮かんだ次第。

その後、「松下幸之助のことば」を見つけた(読んだ)。
 http://konosuke-matsushita.com/column/cat71/post-109.php

徳は高めるものではない、と思ったが、表現の仕方がすばらしい!
その解説文。これは酷い。(こんな風に誤解釈するなんて!)
すばらしい表現が台無しにされるのは悲しい…

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